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2021年2月13日 (土)

【旧記事再掲】タンゴ入門講座 その2 タンゴの楽団編成~コンフント/グラン・オルケスタ

旧サイト「tangodelic!」に連載していた旧記事「タンゴ入門講座」再掲載の第2回。今回は第4回から第7回まで4回に分けて掲載した「コンフント」と、第8回に掲載した「グラン・オルケスタ」をまとめて紹介する。

タンゴの楽団編成(4) 「コンフント」その1
(初出:2001年5月2日)

“コンフント”というのは、スペイン語でバンドとか楽団といった意味。同じく楽団を意味する“オルケスタ”よりも小編成のものを指すことが多いが、はっきりと人数で線引き出来るわけではない。フリオ・デ・カロ型の六重奏団をオルケスタと呼んでもかまわないわけだし、アストル・ピアソラの九重奏団の名称は“コンフント9(ヌエベ)”である。まあ、二重奏から五重奏ぐらいまでは明らかにコンフントと呼ぶべきだろう。六重奏以上の編成は、楽器の組み合わせや音楽性などから判断して、オルケスタの小規模なものか、コンフントの大きめのものか、という分け方をすればいいのではないかと思う。

オルケスタ・ティピカ誕生以前の話をしておくと、だいたい1890年代から1900年代にかけてのタンゴは非常に素朴なもので、主にメロディを奏でるヴァイオリン、リズムを刻むギター、メロディを装飾するフルートという感じでトリオで演奏されることが多かった。このほかにはハープやマンドリン、アコーディオンなどが使われることもあったらしい。ヴァイオリン、ギター、フルートの編成にバンドネオンが加わって四重奏になるのはだいたい1910年頃で、それ以降バンドネオンはタンゴの演奏に欠かせない楽器になっていく。ピアノは当時は高級品で、この頃まではほとんどソロでしか演奏されることはなかった。ピアノ入りの楽団の登場は、1913年にピアノ奏者ロベルト・フィルポが楽団(当初はバンドネオン、ヴァイオリンとのトリオだったが、すぐに編成は大きくなっていった)を率いてデビューするまで待たなければならなかった。こうした、タンゴ黎明期の小編成楽団は、オルケスタ・ティピカが生まれるまでの過渡期的な存在といえる。今回ご紹介するのは、ティピカが一般的となってから登場したさまざまな形のコンフントについて、である。

ティピカ全盛期のコンフントで最も有名なものは、ロベルト・フィルポ四重奏団と、フランシスコ・カナロ率いるピリンチョ五重奏団である。先程名前を挙げたばかりのフィルポが再び登場したことにお気付きだろうか。フィルポは1884年、カナロは1888年生まれ。つまり二人は同年代で、共に1900年代半ばから演奏活動を始め、1910年代には楽団を率いて第一線で活躍するようになった、いわば好敵手である。二人は徐々に大型化するオルケスタ・ティピカを率いて活躍を続けていたが、1930年代半ば、相次いでコンフントを結成して演奏活動を開始する。フィルポの四重奏団はバンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン×2という編成、ピリンチョ五重奏団はこれにコントラバスを加えた編成である。いずれもコンセプトは明解で、タンゴの行き詰まりを打破すべく、古典(具体的には1910~20年代の作品および演奏スタイル)の完全復興を目指したものだった。演奏技術は格段に進歩していたが(特にバンドネオン)、音楽的には特に新しいものを生み出したわけではない。

今日に繋がるコンフントの最初のものは、トロイロ=グレラ四重奏団である。アニバル・トロイロは1953年、タンゴの歴史を回顧した音楽劇『モローチャの中庭』を上演した。トロイロはオルケスタ・ティピカにハープや木管楽器、金管楽器まで加えた大編成の楽団(ピアソラが編曲を担当)を率いて舞台に立ったが、その中で古典タンゴを象徴する役回りとして、トロイロのバンドネオンとロベルト・グレラのギターをメインに、第2ギターとコントラバスを加えた四重奏団の演奏場面が設定された。ただし、素材は古典であっても、その解釈の仕方が、フィルポやピリンチョのように脱古典のベクトルを持たないものとは根本的に異なっていた。つまり、トロイロ=グレラの演奏には、アンサンブルにおける楽器の生かし方の斬新さなどのモダンな感覚が、自然な形で現れていたのである。結局この四重奏は大きな人気を呼び、劇の終了後も演奏活動を続けることになった。

Troilo_grela
トロイロ=グレラ四重奏団
左からロベルト・グレラ(ギター)、エクトル・アジャラ(第2ギター)、アニバル・トロイロ(バンドネオン)、キチョ・ディアス(コントラバス)。

タンゴの楽団編成(5) 「コンフント」その2
(初出:2001年5月9日)

小編成のもっとも規模が小さいものはドゥオ(スペイン語で二重奏。英語ではデュオ)だが、これは気心の知れたミュージシャン二人がその気になれば、原則的にはどんな組み合わせも可能だろう。演奏者自身の楽しみや余興の範囲に留まったものが多いため、意外に残されたレコードは少ないのだが、昔から随分いろいろなコンビが存在した。バンドネオン×2(ペドロ・マフィアとペドロ・ラウレンスなど)、ギター×2(ラス・ギターラス・デ・オロなど)、ピアノ×2(オスバルド・ベリンジェリとオスバルド・タランティーノなど)のように同じ楽器の組み合わせもあるし、バンドネオン+ギター、バンドネオン+ピアノ、ヴァイオリン+ピアノ、ピアノ+ギターといった比較的オーソドックスなものから、ヴァイオリン+オルガンとか、ヴァイオリン+コントラバスのように風変わりなものまで実に多彩である。

コンフントの基本といえば、やはりトリオ(三重奏。スペイン語も英語も同じ)だろう。タンゴのトリオ編成というと、現代ではバンドネオン、ピアノ、コントラバスの組み合わせがまず思い浮かぶが、これはそれほど歴史のある編成ではない。正確な記録がないが、ウルグアイのピアノ奏者セサル・サニョーリが、ブエノスアイレスでのいくつかのオルケスタ・ティピカでの演奏活動を終えて帰国した1954年にバンドネオンのルイス・ディ・マテオらと組んだトリオが、恐らく最初ではないかと思われる。レパートリーは古典曲が中心で、特にモダンな指向を持っていたわけではないサニョーリ・トリオだが、がっしりと骨太で重心の低い演奏は、それまでの古典指向のコンフントのそれとは明らかに異なっていた。

Zagnoli
トリオを率いてモンテビデオ大学で演奏するセサル・サニョーリ(1961年)
ピアノの向こう側、横顔が見えるのがルイス・ディ・マテオ(バンドネオン)。

その後ブエノスアイレスでもこの編成のトリオがいくつも登場するようになったが、技術的にも音楽的にも特に秀でていたのは、1970年に結成されたトリオ・フェデリコ=ベリンジェリだろう。バンドネオン奏者の最高峰に位置するレオポルド・フェデリコ、トロイロ楽団出身でジャズの素養もあるテクニシャンのオスバルド・ベリンジェリにコントラバスのフェルナンド・カバルコスという顔合わせのこのトリオによる凄みのある演奏は、この編成でどこまで音楽的に豊かになれるかという実験のようでもあった。また、演奏と編曲の両面における斬新さという点では、やはり70年代に活躍したバングアトリオ(オマール・バレンテp、ネストル・マルコーニbn、エクトル・コンソーレb)も忘れ難いし、ピアソラ以降のモダンな感覚を追求したトリオとして、モサリーニ=ベイテルマン=カラティーニ(80年代にパリを拠点に活躍)の存在も重要である。

バンドネオン+ピアノ+コントラバス以外にも、バンドネオン+ギター×2(シリアコ・オルティス・トリオ、このトリオは歴史が古い)、バンドネオン+ギター+コントラバス(エドゥアルド・ロビーラ・トリオ)、ピアノ+ギター+コントラバス(タンゴスール・トリオ)、ピアノ+ヴァイオリン+コントラバス(エル・タンゴ・ビーボ+近藤久美子)など様々な組み合わせのトリオが存在するが、どれもあまり一般的とは言えないだろう。

クアルテート(四重奏。英語でクァルテット)となると、組み合わせのパターンは更に増えるが、バンドネオン+ピアノ+コントラバスのトリオにもう1つの楽器が加わるパターンが多い。やはり特に多いのはヴァイオリンが加わった編成で(つまりこれでオルケスタ・ティピカを構成する最低限の楽器が揃う)、エストレージャス・デル・タンゴやレイナルド・ニチェーレ四重奏団などが代表格。また、エレキ・ギターが加わったものとしては、アニバル・トロイロ四重奏団(前回ご紹介したトロイロ=グレラ四重奏団とは別物)などがある。トロイロ=グレラ四重奏団のようにバンドネオン+ギター×2(もしくはギターとギタロン〔大型の低音ギター〕)+コントラバスという編成(フェデリコ=グレラ四重奏団など)もあれば、フルートやチェロなどが加わったものもありと、やはり例を挙げていったらキリがない。また、クラシックの弦楽4重奏と同じヴァイオリン×2+ヴィオラ+チェロという編成の、プリメール・クアルテート・デ・カマラ・デル・タンゴというグループもあった。

タンゴの楽団編成(6) 「コンフント」その3
(初出:2001年5月16日)

最近のタンゴ・ファンに最も親しまれているコンフントと言えば、やはりアストル・ピアソラ五重奏団(五重奏団はスペイン語でキンテート、英語ではクィンテット)にとどめを刺すだろう。いくつものアンサンブルを作っては壊したピアソラにとって、バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、エレキ・ギター、コントラバスという五重奏団(1960年結成)は最も理想的な編成となり、長い期間にわたって安定した活動を続けることになった。ピアソラは五重奏団結成後も、八重奏団(ヌエボ・オクテート、1963年)や九重奏団(コンフント・ヌエベ、1971~72年)など、より編成の大きなコンフントを率いての活動も行っているが、これは五重奏団に楽器を増やしたものである。逆に五重奏より少ない編成では活動することはなかった。このことからも、五重奏がピアソラにとっての基本だったことが判る。

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アストル・ピアソラ五重奏団(1966年頃)
(左から)オスバルド・タランティーノ(ピアノ)、アントニオ・アグリ(ヴァイオリン)、アストル・ピアソラ(バンドネオン)、キチョ・ディアス(コントラバス)、オスカル・ロペス・ルイス(エレキ・ギター)。

ピアソラ五重奏団の登場以降、ピアソラの後を追って、いくつもの同じ編成の五重奏団が登場し、今日に至っている。最近のものでは、モサリーニ=アントニオ・アグリ五重奏団(ギターはエレキではなくアコースティック)や小松亮太&ザ・タンギスツ(彼らも自由自在にその編成を変えるが、やはり基本は五重奏にあると見るべきだろう)などがお馴染みだろう。だが、この編成の五重奏は、ピアソラが最初に始めたわけではなかった。ピアソラ五重奏団の結成に先立つ1年前の1959年に誕生したキンテート・レアルが、その先駆である。

同じ編成といっても、キンテート・レアルとピアソラ五重奏団とでは、その音楽的構造がかなり異なるのが面白い。そもそもキンテート・レアルは、オラシオ・サルガン(ピアノ)とウバルド・デ・リオ(エレキ・ギター)のデュオをベースに生まれたグループなので、五重奏になっても、あくまでもサウンドの要はピアノとギター。そこに他の楽器が絡んで来る感じで、例えばバンドネオンはさほど前面に出て来る感じではない。一方ピアソラ五重奏団は、バンドネオンを中心に各楽器が自己主張し合い、緊張感を保ちながら演奏を展開していくが、その中でギターだけは縁の下の力持ち的な役割を担っている。

これまでにご紹介して来たように、バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、コントラバスはいずれもオルケスタ・ティピカ以来使われてきた基本的な楽器だが、エレキ・ギターはそうではない。ピアソラが1955年にブエノスアイレス八重奏団を結成した時に初めて導入され(奏者はオラシオ・マルビチーノ)、物議をかもしたのがこの楽器。ピアソラによる伝統破壊の象徴とすらみなされたのである。だが、「すべて異なる楽器の五重奏」によるアンサンブルを組み立てる上で、エレキ・ギターが極めて有効に機能することを、ピアソラやサルガンは証明してみせた。この編成は、コンフントの一つの理想とすら言えるだろう。ただ、サルガンもピアソラも類稀な個性の持ち主であるが故に、この編成による五重奏の新たな在り方を提示できる才能がその後現れていないのも、また事実である。

彼ら以外の編成というと、やはり第4回で紹介したピリンチョ五重奏団のような、バンドネオン+ヴァイオリン×2+ピアノ+コントラバスという古典的な編成のものが多いが、それ以外にもヴァイオリンではなくバンドネオンが2台のもの(キンテート・グローリアなど)、フルートなどが加わった古典復興傾向のもの、弦楽器のみのもの(キンテート・アルヘンティーノ・デ・クエルダス)など、様々なタイプの五重奏団が存在する。

タンゴの楽団編成(7) 「コンフント」その4
(初出:2001年5月23日)

これまでドゥオ(二重奏)、トリオ(三重奏)、クアルテート(四重奏)、キンテート(五重奏)とご紹介して来たが、セステート(六重奏、英語ではセクステット)になると、様子が変わって来る。様々な種類の楽器の組み合わせによるものは少なく、多くの六重奏がバンドネオン×2、ヴァイオリン×2、ピアノ、コントラバスという編成に落ち着くのである。つまりそれは、《「オルケスタ・ティピカ」その1》でご紹介した、1920年代のフリオ・デ・カロ楽団(六重奏団)と同じ編成ということである。そのデ・カロ自身の楽団をはじめとして、オルケスタ・ティピカ編成が大型化していった1930年代以降も、この編成の楽団は実際に存在していたのだが(例えばピアソラに多大な影響を与えたエルビーノ・バルダロ六重奏団など)、ここでは比較的新しい時代のものに話をしぼることにしよう。

この編成の楽団で特に有名なのが、セステート・タンゴ(1968年結成)とセステート・マジョール(1973年結成)の二つである。オスバルド・プグリエーセ楽団の主力メンバーたち(オスバルド・ルジェーロ、ビクトル・ラバジェン、フリアン・プラサ、エミリオ・バルカルセほか)が独立して作ったセステート・タンゴは、プグリエーセ譲りの豪快さと緻密さが交錯する音作りに定評があった。一方、バンドネオンのホセ・リベルテーラとルイス・スタソを中心に結成されたセステート・マジョールは、現代的な感覚をエンターテインメント性豊かにアピールすることで、幅広い人気を獲得してきた。彼らに共通していたのは、演奏と編曲の両面で特に優れた技術を持ったメンバーが集まっていたことで(両方とも、特にリーダーは定めていない)、たった6人でもかつてのオルケスタ・ティピカに匹敵する、重厚で迫力あるサウンドを奏でることができることを証明してみせたのである。つまり彼らは、コンフントというよりもむしろ、オルケスタ・ティピカの縮小現代版と呼ぶ方がふさわしく、実際にこの編成であればオルケスタと名乗ることが多い。

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セステート・マジョール(1980年頃)
(左から)ホセ・リベルテーラ(バンドネオン)、オスカル・パレルモ(ピアノ)、ルイス・スタソ(バンドネオン)、キチョ・ディアス(コントラバス)、マウリシオ・ミセ(ヴァイオリン)、マリオ・アブラモビッチ(ヴァイオリン)。

現在活躍中のこの編成の楽団には、セステート・スール(音楽的にはちょっと納得できないが)、オランダのセステート・カンジェンゲなどがある。また、この編成にキーボードを加えたオルケスタ・コロール・タンゴや、エレキ・ギターを加えたオルケスタ・エル・アランケは、いずれも七重奏団(スペイン語でセプティミノもしくはセプテート)ではあるが同じ流れに属するものと考えて構わない。コロール・タンゴは、セステート・タンゴ同様にプグリエーセの流れを汲む楽団、一方のエル・アランケは成長著しく現在最も注目すべき若手楽団のホープである。

もちろんこうした編成以外の、オルケスタではなくコンフントと呼ぶにふさわしい六重奏団にもいくつかあって、例えばバンドネオン1台でチェロを加えたもの(エンリケ・フランチーニvnの六重奏)、ヴァイオリンを1本にしてエレキ・ギターを加えたもの(オマール・バレンテpやホセ・コランジェロpの六重奏)などがある。短命に終ったアストル・ピアソラ六重奏団(セステート・ヌエボ・タンゴ、1989年)は、バンドネオン×2、チェロ、ピアノ、エレキ・ギター、コントラバスという変則的な編成だった。また、重要なコンフントのひとつであるマリアーノ・モーレスpのセステート・リトゥミコ・モデルノ(モダン・リズム六重奏団、1963年~)は、その名に反してピアノ、バンドネオン、オルガン、エレキ・ギター、ヴィブラフォン、コントラバス、ドラムスという七重奏である。

六重奏よりも編成の大きなコンフントにも様々なものがあり、一つ一つ紹介することは困難だが、その中では1950年代後半に画期的な方法論を打ち出した2つのグループが極めて重要である。ひとつはピアソラが1955年に結成したオクテート・ブエノスアイレス(デ・カロ型の六重奏にチェロとエレキ・ギターを加えた八重奏団)、もうひとつは卓越した編曲家であったアルヘンティーノ・ガルバンが音楽監督を務めた七重奏団、ロス・アストロス・デル・タンゴ(ヴァイオリン×2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、バンドネオン、ピアノという編成)で、いずれもそれまでにない斬新な編曲と演奏でセンセーションを巻き起こした。彼らは、オルケスタ・ティピカの時代からコンフントの時代へと移り変わる過渡期を象徴する存在とも言え、タンゴ史上に果たした役割は非常に大きかった。オクテート・ブエノスアイレスにおけるピアソラの実験は、やがてピアソラ五重奏団の結成で実を結び、ロス・アストロス・デル・タンゴのようなバンドネオン+ピアノ+弦楽セクションの組み合わせによるコンフントは、エドゥアルド・ロビーラのアグルパシオン・デ・タンゴ・モデルノ(現代タンゴ集団)などに引き継がれていったのである。

タンゴの楽団編成(8) 「グラン・オルケスタ」
(初出:2001年5月30日)

「タンゴの楽団編成」の章では、これまでオルケスタ・ティピカとコンフントについてご紹介してきた。最後に、そのどちらにも属さないものとして、ティピカとは異なるタイプの大編成楽団を紹介しておこう。具体的には、オルケスタ・ティピカでは通常使われない管楽器や打楽器などの楽器を加えるなどして、ティピカよりも編成を大きくした楽団などが対象となる。こうした楽団に対しては“グラン・オルケスタ”という呼び方があるが、その定義はあってないようなもので、その名称が使われるとは限らない。大編成ゆえの経済的な問題などから、決してタンゴの主流にはならなかったにせよ、その存在を覚えておくことは無駄ではないだろう。

こうした大編成への試みは、既に1930年代から行われていた。例えば1936年にフリオ・デ・カロが率いたオルケスタ・メロディカ・インテルナシオナル(インターナショナル・メロディック・オーケストラ)は、金管楽器やドラムスを加えた16人編成だったが、実を言うとこれは大変評判が悪かった。1930年代のタンゴ界は、アメリカ合衆国から押し寄せてきたジャズの猛威にさらされながら、変革を求められていた時期で、そうした中での迷いが中途半端な編成に表れたといえる。タンゴ史に偉大な足跡を残したデ・カロでも、このような試行錯誤の時期があったのである。また、こうした流れとは全く別のものとして、「カミニート」や「バンドネオンの嘆き」の作者として知られるフアン・デ・ディオス・フィリベルトが1932年に結成したオルケスタ・ポルテーニャがある。これは通常のティピカで使われる楽器にフルートとクラリネットを加えた14人編成の楽団だった。

より音楽的な必然性を持った形で大編成楽団が登場するのは、1950年代半ば以降である。最も重要な楽団として、アストル・ピアソラの弦楽オーケストラ(オルケスタ・デ・クエルダス)と、マリアーノ・モーレスのグラン・オルケスタ・リリカ・ポプラールの二つを挙げておこう。ピアソラが最初に弦楽オーケストラを結成したのはパリ留学中の1955年。オペラ座の管弦楽団の団員を中心としたこの楽団は、バンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン×8、ヴィオラ×2、チェロ×2、ハープ、コントラバスという16人編成だった。ピアソラは帰国後にはタンゴ界の腕利きを集めて同様の楽団を組織、その豊かな響きは、それまでのピアソラの集大成とも言えるほどの充実したものだった。一方、芸術指向のピアソラに対して、「タンゴを世界に」のモットーのもと、大衆指向を持ちながら新しいタンゴの創造に燃えていたモーレスは、自らのピアノを中心に金管楽器、木管楽器、弦楽器、打楽器、コーラスまで取り入れたカラフルなオーケストラ・サウンドを作り上げた。それはさながら映画音楽のような雰囲気を醸し出していたのである。なお、ピアソラは1967年に、グラン・オルケスタ名義で古典曲ばかりを集めた2枚のアルバムを制作したが、これは彼の五重奏団に弦楽器やヴィブラフォンなどを加えたもので、かつての弦楽オーケストラとは性格が異なる。

その後のグラン・オルケスタ的なものというと、ピアソラはもとより、《「コンフント」その4》で紹介したロス・アストロス・デル・タンゴやエドゥアルド・ロビーラの現代タンゴ集団などの流れを汲むものが多い。すなわち、バンドネオン+ピアノ+弦楽セクション+αという編成である。例えばアティリオ・スタンポーネpやラウル・ガレーロなどが代表的な例に挙げられるだろう。1977年の日本公演用に特別に編成されたエンリケ・フランチーニとシンフォニック・タンゴ・オーケストラ(ヴァイオリン×12、ヴィオラ×2、チェロ×2、コントラバス、フルート、オーボエ、ホルン、ピアノ、エレキ・ギター、バンドネオン)というのもあった。

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フランチーニとシンフォニック・タンゴ・オーケストラ
中央に立っているのがエンリケ・フランチーニ(ヴァイオリン)。その向かって左はバンドネオンと編曲のディノ・サルーシ。

タンゴを大編成で演奏するには、それなりの難しさが付きまとうと思われる。大編成になればなるほど、タンゴ的な微妙なニュアンスが出しにくくなり、ムード音楽的に流されてしまう危険性が出て来るからである。指揮者や編曲者の力量が問われるところだ。運営の難しい大編成楽団だが、現在では例えばクラシックのオーケストラ+バンドネオンなどのゲスト、という在り方が一般的になりつつある。それを実践しているのがウルグアイのモンテビデオ・フィルハーモニー管弦楽団だ。今年(2001年)4月に人知れず来日したフェデリコ・ガルシーア・ビヒルが指揮を、トト・ダマリオが第1バンドネオンと編曲を担当しているのがこの楽団。ただし彼らの場合、管楽器も打楽器も入らず、バンドネオンは5台なので、サウンドは極めてオルケスタ・ティピカ的である。

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