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2020年9月 3日 (木)

内山田洋とクール・ファイブのレコード(9)~8トラック・カートリッジ『クールファイブ デラックス』『演歌』

紹介はまだ先になるが、1972年3月5日にリリースされた内山田洋とクール・ファイブの2枚組ベスト・アルバムに『豪華盤「内山田洋とクール・ファイブデラックス」第2集』(JRS-9093~4)というのがある。その1か月前の2月5日にリリースされた『同・第1集』と対になったもので、『第1集』が「悲恋」までのシングルAB面曲を中心にしたオリジナル集だったのに対して、『第2集』は全曲がカヴァーで構成されていた(カヴァー・シングルの「女の意地/京都の夜」は両者に重複して収録)。

Jrs9093w

クール・ファイブのカヴァー・アルバムはこの時点で、前回(第8回)紹介した『夜のバラード』の後、『影を慕いて』(1971年5月5日発売)と『赤と黒のブルース』(1971年11月5日発売)の2種が出ていて、当然その3枚からの選曲がメインだったが、初登場のものも4曲あった。このベストのために新たに録音されたものなのか、あるいは何かの機会に録音しておいたものなのか不明だったが、ようやく主たる出どころが判明した。それが、6月2日にアップした記事「8トラック・カートリッジ・プレーヤー導入とカートリッジ・テープ修復の巻」で触れた8トラック・カートリッジ『クールファイブ デラックス』である。

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●ミュージック・テープ1

クールファイブ デラックス
Apollon AE-5014 1970年リリース

Program I
1) 長崎は今日も雨だった
永田貴子 作詞/彩木雅夫 作曲

2) 不知火の女
新野 新・村上千秋 共作詞/森岡賢一郎 作曲(正しくは城 美好作曲)

3) わかれ雨
鳥井 実 作詞/彩木雅夫 作曲

4) だまって行かないで
山口洋子 作詞/内山田洋 作曲

5) 涙こがした恋
中山淳太郎 作詞/城 美好 作曲

Program II
1) 愛の旅路を
山口あかり 作詞/藤本卓也 作曲

2) 夜毎の誘惑
山上路夫 作詞/城 美好 作曲(正しくは山口あかり作詞)

3) 長崎詩情
中山貴美 作詞・村上千秋 補作/城美好 作曲

4) 明日はないの
村上千秋 作詞/城 美好 作曲

5) あなたが欲しい
内山田洋 作詞・作曲

Program III
1) 逢わずに愛して
川内康範 作詞/彩木雅夫 作曲

2) 捨ててやりたい
川内康範 作詞/城 美好 作曲

3) 一度だけなら
山口洋子 作詞/猪俣公章 作曲

4) 女のまごころ
宮本悦朗 作詞・村上千秋 補作/宮本悦朗 作曲

5) 恋の花火
川内康範 作詞/彩木雅夫 作曲

Program IV
1) 花と蝶
川内康範 作詞/彩木雅夫 作曲

2) 熱海の夜
荒川利夫・藤木美沙 作詞/山岡俊弘 作曲

3) 京都 神戸 銀座
橋本 淳 作詞/筒美京平 作曲

4) 知りたくないの
D. Robertson 作詞/H. Barnes 作曲(正しくはBarnes作詞、Robertson作曲)

5) あなたのブルース
藤本卓也 作詞・作曲

唄・演奏:内山田洋とクールファイブ
編曲:森岡賢一郎

国立国会図書館に行けないこともあってメーカーの資料が確認できず、発売日はまだ特定できていない。スリーヴケース裏の短い解説に「最新曲『愛の旅路を』まで」(同曲は1970年4月5日発売)と書いてあり、次の「噂の女」(7月5日発売)は未収録だが、そのB面の「だまって行かないで」がすでに収録されているので、リリースは「噂の女」とほぼ同時期ではないかと推測される。上記の通り、作者クレジットにいくつか誤表記があり、編曲に関しても実際には森岡賢一郎ではない既発曲も含まれている(II-3は竹村次郎、II-4は宮川泰、II-5は内山田洋、III-3は毛利猛、III-4は宮本悦朗が正しい)。

プログラムIからIIIまでがオリジナル曲。「長崎は今日も雨だった」から「愛の旅路を」までシングル4枚のAB面曲(I-1/I-5、I-3/I-2、III-1/III-3、II-1/II-2)、そのうち最初の2枚分4曲を除くファースト・アルバム『内山田洋とクール・ファイブ』収録曲が6曲、そして前述の「だまって行かないで」(次回紹介予定)で15曲という構成になっている。ファーストから漏れたのは「噂の女」とシングル・ヴァージョンで収められた「逢わずに愛して」の2曲だが、前者は既にヴォーカルを録り直していたシングルのリリースとぶつかるため、あえて外したのではないかと思われる。なお、8トラック・カートリッジの構造上、4つのプログラムの各収録時間を極力揃える必要があるため、プログラムIに収録された「長崎は今日も雨だった」のフェイドアウトが10秒ほど早く、通常はカットアウトの「涙こがした恋」がエンディング直前でフェイドアウトとなっている。

そして本作を特徴づけているのが、いずれも初出のカヴァー曲で構成されたプログラムIVである。冒頭で触れた『豪華盤「内山田洋とクール・ファイブデラックス」第2集』でレコード初登場となった4曲中3曲が頭から並んでいるのだが、実際に聴いてみたら「花と蝶」がまったくの別アレンジだったので驚いた次第。

川内康範(作詞)、彩木雅夫(作曲)という、クール・ファイブとも縁の深い二人が書いた「花と蝶」は、森進一の9枚目のシングルとして1968年5月5日に発売され、オリコン最高8位と大ヒットした。森進一もクール・ファイブの2種も、編曲はすべて森岡。森のオリジナルではイントロや間奏でメロディを奏でるトランペットが、8トラック・ヴァージョンではサックスに置き換えられた感じで、基本的な組み立ては割と似ている。また、エンディングをエレキ・ギターのジャジーなフレーズで締めているのもポイント。それに対し、レコード『豪華盤…第2集』でのリアレンジ版では、ストリングスとサックスの大胆な絡みによってイントロの間奏のメロディーやフレーズが一新され、スケール感も増している。

続く2曲はレコードともヴァージョンは同じ。「熱海の夜」は箱崎伸一郎(後に晋一郎と改名)のデビュー曲として1969年1月10日に発売され、オリコン最高は34位。ここでの森岡のアレンジは、川口真によるオリジナル・アレンジを踏襲している。「京都・神戸・銀座」は橋幸夫の103枚目のシングルとして1969年3月5日発売。新機軸を打ち出すべく、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」のヒットで波に乗る橋本淳(作詞)と筒美京平(作・編曲)の強力コンビに楽曲を依頼し、見事にトップ10入りしたヒット曲。これもアレンジは原曲に比較的忠実。

そして、ここでしか聴くことができないのが、4曲目の「知りたくないの」である。表題はこのようになっているが、前川清はここで原曲の「I Really Don’t Want To Know」どおりに英語で歌っている。この曲はカントリーのソングライター、ドン・ロバートスンが作曲、ハワード・バーンズが詞を付けて1953年に発表したワルツ。同年の内にレス・ポール&メアリー・フォード、エディ・アーノルドのレコードが出て、どちらも翌年までに大ヒットを記録した(前者はポップ・チャートで11位、後者はカントリー・チャートで1位)。ドゥ・ワップ・グループのフラミンゴズによる1954年のヴァージョンもいい。1960年代に入るとカヴァーが一気に増え、ざっと拾っただけでもジョニー・バーネット、ソロモン・バーク、コニー・フランシス、アンディ・ウィリアムズ、エスター・フィリップス、イーディ・ゴーメ、ジーン・ピットニー、アル・マルティーノ、ヴィック・ダモーン、ロニー・ドーヴ、ブルック・ベントン、ロレッタ・リン…と書ききれない。

この曲にはもともと「たそがれのワルツ」という邦題が付いていたが、これを取り上げることになったのが菅原洋一である。タンゴが好きで音楽喫茶で歌っていたところを早川真平に見出され、早川の指揮するオルケスタ・ティピカ東京(日本のタンゴ楽団では最高峰)の専属歌手になったのが1958年秋。同楽団の看板だった歌手の藤沢嵐子からは「ほとんど全部を学んだ」という。だがタンゴよりもむしろボレロが得意で、スペイン語ではなく日本語で歌いたいとの願望もあった菅原は、1962年頃には楽団を辞め、1963年7月に歌謡曲歌手としてポリドールからデビュー。しばらくヒットが出なかったところに、ディレクターの松村慶子(第8回で「夢は夜ひらく」を発掘して園まりに歌わせたエピソードを紹介した)が用意したのが、アルジェリア生まれのエンリコ・マシアスがタンゴのリズムで書いたシャンソン「恋心」である。マシアスが1964年に書いて歌っていたこの曲に最初に目を付けたのは、1965年にフランスを訪れた岸洋子で、自らぜひ歌いたいと持ち帰り、評論家の永田文夫に訳詞を依頼。松村はそれをそのまま菅原にも歌わせるのではなく、シャンソンの訳詞をしながら作詞家への転身を考えていたなかにし礼に電話を掛け、新たな訳詞を書かないかと持ちかけたのだった。

そしてそのB面として用意されたのが「たそがれのワルツ」だった。先に触れたようにこの曲の海外でのカヴァーは続いていたが、この時点で取り上げることになったきっかけは何だったのだろう。ともかく松村から素材を与えられたなかにしは、この曲を聴いてそれまでにないひらめきを感じ、「知りたくないの」という女言葉の歌詞を書き上げた。

永田が訳詞を手掛けた岸の「恋心」はキングから1965年9月20日発売。なかにしの訳詞による菅原の「恋心/知りたくないの」はわずかに遅れて10月5日発売だったが、「恋心」に関して言えばヒットしたのは岸が歌った方で、歌詞もその永田版で定着する。その一方、菅原はB面だった「知りたくないの」を、レギュラー出演していたホテル高輪のラウンジで毎晩歌い続けていた。

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ラウンジでのステージの様子を伝えるオリジナル・ジャケット。画像はネットから拝借した。バックで演奏しているのはロス・インディオス。歌い続けたことでじわじわとリクエストが増え、ポリドールは1967年に入ってから同じ番号のままAB面を入れ替えジャケットも替えて再リリースした(これも画像はネットから)。

Sdr1149_67

結果的にこの曲は大ヒットとなり、菅原は同年の第18回NHK紅白歌合戦にも初出場。なかにしもこれをきっかけに人気作詞家の仲間入りを果たすことになる。このヒットを受け、黛ジュンが1967年に、黒木憲が1968年に、西田佐知子が1969年に、それぞれが持ち味を生かしながらアルバムの中で取り上げた。クール・ファイブによるここでのカヴァーも、その流れに沿ったものと言えなくもないが、前述のとおり英語のままで歌っているのがひとつの大きなポイントである。メジャー・デビュー前(時期的には菅原洋一がヒットさせた後)の銀馬車のステージでも英語で歌っていたのだろうか。イントロの美しいストリングスに導かれて前川がソフトに歌い出すと、ピアノがカントリーっぽい伴奏を添えていく。これでペダル・スティール・ギターでも入れば、グッとカントリー度が増すのだろうが、そこまではしていない。いかにもクール・ファイブ的なギターやコーラスもさりげなく絡んでいき、2分30秒ほどの小品に仕上がっているが、このレアな8トラック・カートリッジ以外ではまったく聴くことができないのは惜しい。メンバーも関係者も、こんな録音があったことすらすっかり忘れているのではないだろうか。なお、前川の敬愛するエルヴィス・プレスリーは1971年になってこの曲を取り上げている。自分のスタイルに強引に引き寄せて歌い上げるところはさすがエルヴィスだが、RCAからの国内盤シングルの邦題はしっかり「知りたくないの」となっていた。

最後に収録されているのは「あなたのブルース」。矢吹健のデビュー曲として1968年6月5日にリリースされた藤本卓也作品で、この曲については藤本が作曲した「愛の旅路を」を紹介した第7回でも触れたが、『豪華盤…第2集』より早く、冒頭でも触れたカヴァー・アルバム第3弾『赤と黒のブルース』に収録された。タイトルに「…ブルース」が付く12曲で構成された企画ゆえに、8トラック音源がそのまま選ばれたのだろう。

さて、『豪華盤…第2集』でレコード初登場となったのは4曲だったが、そのうちこの8トラックが初出だったのは、プログラムIVの最初の3曲。ではもう1曲は何だったかというと、「あなたのブルース」と同様に藤本が書いて矢吹が歌った「私にだって」(1969年2月5日発売)なのだが、それが別のオムニバス・8トラック・カートリッジに「京都 神戸 銀座」「あなたのブルース」と共に収録されているのを、これも偶然発見できた。ヴァージョンはどれも同じである。

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●ミュージック・テープ番外(オムニバス)

演歌
Apollon AL-3039 1970年リリース(推定)

Program I
1) 釧路の夜/森 進一(オリジナルは美川憲一、1968年7月発売)
2) 雨の赤坂/園 まり(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、1968年12月)
3) 京都 神戸 銀座/内山田洋とクール・ファイブ(橋 幸夫、1969年3月)
4) 大利根月夜/千田浩二(田端義夫、1939年秋)

Program II
1) 君は心の妻だから/奥村チヨ(鶴岡雅義と東京ロマンチカ、1969年3月)
2) 京都の夜/森 進一(愛田健二、1967年6月)
3) 帰ろかな/千田浩二(北島三郎、1965年4月)
4) 兄弟仁義/木の実ナナ(北島三郎、1965年3月)

Program III
1) あなたのブルース/内山田洋とクール・ファイブ(矢吹 健、1968年6月)
2) 旭川ブルース/園 まり(中坪 健、1968年2月)
3) さよならのあとで/奥村チヨ(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、1968年10月)
4) 柳ヶ瀬ブルース/森 進一(美川憲一、1966年4月)

Program IV
1) 熱海の夜/園 まり(箱崎伸一郎、1969年1月)
2) 網走番外地/木の実ナナ(高倉 健、1965年1月)
3) 女ですもの/奥村チヨ(西城 健、1968年11月頃)
4) 私にだって/内山田洋とクール・ファイブ(矢吹 健、1969年2月)

編曲:森岡賢一郎
演奏:ブルーライト・スタジオ・オーケストラ

渡辺プロダクション所属の歌手6組のうち、千田浩二とは馴染みのない名前だが、彼は仙台市役所職員だった1965年にコロムビアの歌謡コンクールで入賞し、チャーリー石黒にスカウトされて上京、猪俣公章に弟子入りする。1967年3月にポリドールから「ソーラン哀歌」でデビューし、計5枚のシングルをリリース後、大船渡(わたる)と改名し1970年9月5日にRCAから「板前さんよ」で再デビュー(ディレクターは山田競)。9月末に東京・有楽町の日劇で行われた『クール・ファイブ・ショー――やめて!噂の女』にも出演した。その後は大船わたるとして作曲活動などを続けている。ということで、ここではまだ大船渡ではなく千田浩二名義での収録となっていることから、またパッケージ・デザインが一部『クールファイブ デラックス』と共通することからも、発売時期は1970年前半と推測される。

他の歌手の当時の所属レコード会社は、森進一がビクター、園まりがポリドール、奥村チヨが東芝、木の実ナナがキングだが、ここに収められたアポロン独自音源は、どれもレコードでは出なかった。園まりの「雨の赤坂」は1969年7月5日リリースのカヴァー・アルバム『恋のささやき』にも収録されているが(未聴)、そこでは小谷充編曲となっていて、また未レコード化のアポロン音源をCD化した編集盤『夜のムード』(ソリッド、2015年8月)にしっかり収められていることから、ヴァージョンはまったく異なると思われる。奥村チヨのアポロン音源はかなりCD化されているが、ここでの3曲は漏れているし、その他の音源もどれも8トラックでしか聴けない貴重なものばかり。むしろほとんどが(ここでの3曲はすべて)時期の遅れはあってもレコードにも収録されたクール・ファイブが、例外的ということになる。

それでは、アポロンから出たクール・ファイブの8トラック・カートリッジは他にどんなものがあるのか。まずネットで画像を見つけたのが、8曲入りの『長崎詩情』(AP-1085)。

Ap1085a

Ap1085b

ファースト・アルバムから8曲を収めたもので、恐らく1969年末頃の発売。「噂の女」以外は『クールファイブ デラックス』と曲目は重複する。そして、1972年秋のカタログ(これもネットから)に載っていたのが、鶴岡雅義と東京ロマンチカとのスプリット・アルバム『競演!クールファイブと東京ロマンチカ』(AL-3180)。恐らく1972年の発売。曲目はこう書いてある。

女の詩集/年上の女/女心の唄/愛のきずな/よこはまたそがれ/花と蝶/京都・神戸・銀座/私にだって/君は心の妻だから/愛のフィナーレ/港町ブルース 他全16曲

Al3180

各プログラム4曲ずつと考えると、「よこはまたそがれ」から「私にだって」までがプログラムIIでクール・ファイブのパートということになる。「よこはまたそがれ」だって? 実はクール・ファイブはこの曲の録音を残しているが、それは1975年9月5日発売の4枚組BOX『昭和の歌謡五十年史』に於いてであり、編曲はあかのたちおとなっていたので、ヴァージョンが異なる可能性も高い。またプログラムIVの4曲がまったく不明だ。やはり一度国立国会図書館に足を運び、少なくとも曲目を確認する必要がありそうだ。そしてこの8トラック・カートリッジの現物が入手できる日は来るのだろうか。

(文中敬称略、次回に続く)

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