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2020年7月

2020年7月28日 (火)

8トラック・カートリッジの成り立ちと当時のミュージック・テープ事情

今回は、6月2日にアップした記事「8トラック・カートリッジ・プレーヤー導入とカートリッジ・テープ修復の巻」でも触れた、内山田洋とクール・ファイブの8トラック・カートリッジ『クールファイブ デラックス』(アポロン)を紹介する予定だったが、その前提として8トラック・カートリッジの成り立ちと当時のミュージック・テープ事情について書き始めたところ、とても長くなってしまったので、結局『クールファイブ デラックス』の紹介は次回に回すことにした。

始めにお断りしておくと、本来であれば今回書いた内容は、国立国会図書館に赴くなどして各レコード/テープ・メーカーの総目録や雑誌『テープ・マンスリー』、ドライバー向けに出ていたという8トラックの情報誌などに当たって確認すべきところだが、なにしろコロナウイルスの影響で外出を控えている状況のため、ほとんど手元にある資料およびインターネットで得られた情報のみをベースとしている。そのため調査が不十分である点はご容赦いただきたい。

8トラック・カートリッジはアメリカ合衆国で、主にカー・ステレオでの使用を前提に1965年に製品化された。オープンリール・テープは車内での操作はほぼ不可能、1962年に開発されたコンパクト・カセット(我々が普通にカセットと呼んでいるもの)はその時点ではまだ音質的にも機能的にも未成熟で、オーディオ用としては認知されていなかった。8トラックの開発にも関わった米RCAは、1965年のうちに175タイトルのカートリッジを発売。大手自動車メーカーも8トラックを再生できるカー・ステレオを組み込んで、セールス・ポイントのひとつにするようになっていった。
当時の米RCAヴィクターのLPのカンパニー・スリーヴにはこんな広告も載っていた。

Img20200728_21185954

8トラック・カートリッジとはどのようなものか、改めて書いておくと、オープンリールと同じ幅に8トラック分が録音されたテープが、横10cm×縦13.5cm×厚さ2.2cmほどのカートリッジ・ケースの中に1リールのエンドレスで巻かれたもので、内周部から窓の部分に送り出され、再生ヘッドと内蔵されたピンチローラーを経て外周部に巻き取られたテープが、ひと巻き分再生し終ってテープの繋ぎ目に貼られたセンシング箔を機械が感知する度に、再生ヘッドがガチャッと下に送られて4つのステレオ・プログラムを順番に再生していくというもの(4チャンネル録音の場合はプログラムは2つとなり、対応する再生機が必要)。4つ目のプログラムが終わると最初に戻り、ほっておくとずっとエンドレスで再生し続ける仕組みになっている。構造上巻き戻しは不可能、早送りも同様で、機種によってはできるものもあるようだが、いずれにしても高速ではできない。基本的に操作できるのはプログラム・チェンジだけだ。

Img_8385

手間いらずのようでいて、この不自由さと大きさが、刻々と進化を遂げていったコンパクト・カセットに後々シェアを奪われる最大の要因となる。プログラムが進む前に長いブランクが発生しないよう、各プログラムの演奏時間はほぼ同じになるように編集されている。アルバム(LP)をそのまま8トラック化しようとしても、片面の演奏時間のちょうど真ん中に曲の切れ目がくることはまずないため、曲順が入れ替えられたり、中間に位置する曲がフェイド・アウト~フェイド・インで2つに泣き別れした形で収められたり、というケースが多く発生する。もっともそれはアメリカ合衆国など海外での話で、日本の場合は少し事情が異なっていた。

その日本では、ニッポン放送の系列会社として1966年10月に設立されたニッポン放送サービス(1970年にポニーと改称)が、既成のレコード会社からも音源提供を受ける形で1967年4月に「ポニーパック(PONY Pak)」の名称で販売を開始したのが最初。今のところ手元にあるカートリッジの数は微々たるものだが、当時のポニーパックが1本ある。

8pj3031a

山田太郎「友情のうた」(1965年9月)以外は1967年8月から10月までにリリースされたシングルおよびそのB面曲が並んでいるので、1967年11月頃の発売ではないだろうか。〈クラウン・ヤング・ヒット・パレード〉と、クラウンの音源を使用していることが売りになっている。

8pj3031b

同年には渡辺プロダクションと文化放送の合弁によるアポロン音楽工業も設立されている。ビクターなど旧来のレコード会社も8トラックのリリースを順次始めていったが、実際に普及が進んだのは1968年に入ってからだろう。手元にある雑誌『中南米音楽』1968年1月号には「オーディオ教室~テープ・トラック」(文:坪井謙旺)という記事があり、その中で8トラック・テープにも触れられているが、「我が国ではあまり見られませんが、カー・ステレオやBGM用に使用されています」とコメントされている。それが同誌でも3月号になると「タンゴとラテン 各社新譜リスト」に、キングから出るセルジオ・メンデス&ブラジル66の8トラックなどが他のLPに交じって掲載されるようになり、9月号には「最近はテープ界の進出がめざましく発展していますが、最近発売されたテープをリストにしてみました」として2ページにわたる単独の「各社テープ新譜リスト」が掲載されるに至った。タンゴや広義のラテンが対象なので、歌謡曲やポピュラー全般、ジャズ、クラシックと比べたら数的には微々たるものだろうが、紹介された本数をメーカー別(掲載順)、種類別に表にしてみた。

メーカー

4トラック

オープンリール

8トラック

カートリッジ

4トラック

カセット

合計

キング

2

   

2

ポリドール

2

 

1

3

東芝

1

4

 

5

ビクター

 

2

 

2

フィリップス

   

1

1

アポロン

   

2

2

エース・パック

 

3

 

3

メッカ

 

3

 

3

ポニー

 

1

 

1

合計

5

13

4

22

ここで注目すべきは2点。まず、数的には8トラックが優勢ながら、この時点で既にカセットもリリースされていたこと。実は同誌6月号には前述の坪井による「オーディオ教室~テープレコーダーの新方式――『カセット』」という記事が既に掲載されていて、この新しいメディアの将来性について語られている。文末で坪井は「一般用テープレコーダーはやがてカセットに統一される可能性が濃厚である」と書いているが、実際にその通りになるわけで、1968年の時点でこれを書いた坪井の先見の明も大したものである。もう1点は、既成のレコード会社以外に、先ほども触れたポニーやアポロン以下ミュージック・テープ専門メーカー(当時)各社の商品が登場していること。そう、これこそが海外と異なる日本の特殊事情の話に繋がってくるのだが、詳しい説明は後にして、1969年にかけてのリリース状況もみておこう。以後『中南米音楽』誌に毎月掲載されていた「各社テープ新譜リスト」は1969年5月号を最後に途絶えてしまうが、その間にはCBS・ソニーが新規に参入したり、日本ではビクターから出ていた海外RCA原盤が、日本でも同じ日本ビクター内のRCA事業部から出るようになったり(詳しくは「“RCA”と“ビクター”と“ニッパー”の関係とその歴史」参照)、というような動きがあった。1968年9月号から1969年5月号までに掲載された全タイトルの合計は以下の通り。

メーカー

4トラック

オープンリール

8トラック

カートリッジ

4トラック

カセット

合計

キング

9

15

4

28

ポリドール

12

6

12

30

東芝

1

8

2

11

ビクター/RCA

2

19

2

23

フィリップス

1

1

15

17

CBS・ソニー

3

7

8

18

コロムビア

0

6

4

10

テイチク

0

2

0

2

アポロン

0

5

4

9

エース・パック

0

8

0

8

メッカ

0

15

0

15

ポニー

4

18

13

35

TDK

4

0

0

4

TBS

0

2

0

2

合計

36

112

64

212

こうしてみても、当時のトレンドは8トラックでありながら、カセットも意外と出ていたんだなということがわかる。メーカー毎のフォーマットの使い分けも様々で、単独のフォーマットでのみリリースされるもの、複数のフォーマットでリリースされるものなど様々だった。これは偶然だろうが、同じ日本ビクターでもビクター/RCAは8トラックが多く、フィリップス(日本フォノグラムとしてビクターから独立するのは1971年のこと)はカセットがメインだったりしている。

さて、ここからはメーカー/レーベルの話。上の表ではテイチクまでが既存のレコード・メーカー、アポロン以下がテープ専門メーカーとなり、それらも放送局系、オーディオ・テープ・メーカー、独立系の3つに分類できる(後にレコード制作まで手を伸ばしたところもいくつかある)。そのうち放送局系では、文化放送系のアポロン、ニッポン放送系のポニーに加え、TBS(東京放送)系のTBSサービスで制作されたものがトミー音芸制作工業から出ていた(ベルテック、クラリオンといったカー・オーディオ・メーカーからも出たようだが実態は不明)。またリスト外ではABC朝日放送系で制作音源がテイチクからレコード化もされていた朝日ミュージパック(朝日ミュージック・サービス)というのもあったが、TBSもABCも先行2つのようなシェアは築けないままに終わった。オーディオ・テープ・メーカーとしては、TDKのほかにオープンリールのみだがティアックも独自にミュージック・テープをリリースしていた(以前「キンテート・レアルによる日本の歌謡曲集」で触れたオープンリール作品『キンテート・レアル イン スタジオ』をその後入手できたので、どさくさ紛れに写真を載せておく)。

Atp2010

それ以外は独立系で、ラテン系にも積極的だった名古屋のメッカレコード・パックなど、リスト外ではJASS(日本音楽工業)、GM PAK、DELLAなどがあった。使われる音源も、独自音源を制作したり、既存のレコード会社等から提供を受けたりと、様々だった。

そう、この辺りが、基本的には既存のレコード会社がLPと同内容のものを(曲順の変更等はあるにせよ)リリースしていた海外と異なる、日本固有の特殊事情ということになる。そして既存のメーカーからリリースされたタイトルも、ザッと見渡した限り、LPとは別のラインでの編集ものや独自テーマによる企画ものの方が数としては多かったようである。

独自制作の立場から音源を確保する上で、各レコード会社と密接な協力関係を持ったラジオ局系メーカーが有利であることはある意味当然だろう。どちらかというと、コロムビアやビクター、キング、テイチクといった古参メーカーは自社で、そこから枝分かれしたクラウンやミノルフォンといった新しめの会社はポニーなどに音源を提供し、というのが当初の傾向だったようである。

そしてアポロンの場合は更に、単なる放送局系に留まらない強力なアドヴァンテージがあった。それは先に触れたように、アポロンが渡辺プロダクション(ナベプロ)と文化放送の合弁によって誕生した会社だからである。ナベプロと言えば、1961年8月20日に東芝音工からリリースされた植木等「スーダラ節」を皮切りに、原盤権ビジネスを開始したことでも知られている。それ以前の日本では、原盤権はレコード会社にあるのが慣例だったが、ナベプロは企画制作からマスターテープ作成までを手掛け、東芝はプレスから販売までを受け持ったのである。1962年10月には渡辺音楽出版も設立され、アーティスト・マネージメントから音楽出版権管理、原盤制作まで含めたトータル・プロデュースを可能にしていく。原盤の提供先は、加山雄三やザ・ドリフターズ、奥村チヨなら東芝、ザ・ピーナッツや布施明ならキング、園まりやザ・タイガースならポリドール、森進一ならビクター、ジャッキー吉川とブルー・コメッツならコロムビア(CBS・ソニー発足まではCBSレーベル)というわけだ。アポロン発足後は、当然ながらミュージック・テープはアポロンからのリリースとなるわけだが(契約先の各レコード会社からテープが発売されるケースもある)、そうした中からレコードの形では出ないテープ独自企画も生まれるようになる。

ザ・タイガースを例にとると、1967年12月13日に東京・大手町のサンケイホールで行われた『ザ・タイガース・チャリティーショー』のライヴ録音が、1968年2月にアポロンからオープンリール・テープ『ザ・タイガース・チャリティーショー実況録音テープ』としてリリースされた。その後カセット『THE TIGERS A GO! GO!』と8トラック『LET’S GO THE TIGERS』でも出たが、なんとこの3種では曲目も曲順も異なっているという。それらの収録曲を網羅し演奏順に並べ直してCD化した復刻盤が、2000年6月にポリドールから出たCD12枚組BOX『1967-1971 THE TIGERS PERFECT CD BOX MILLENNIUM EDITION』のDisc 12『The Tigers A Go! Go!』である(下はそのジャケット写真で、オープンリールのパッケージを模したデザインになっていた)。

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1968年にアポロンから8トラックとカセットで出た伊東きよ子(コロムビアからCBS・ソニーに移籍する狭間)とザ・ハプニングス・フォー(東芝)の『花のマドンナ』は2000年12月に新星堂から『オー・ガンソ』としてCD化。1970年頃に8トラックで出たザ・ハプニングス・フォーの洋楽カヴァー企画(原題不明)は1999年にWEA JAPANから『決定版!R&Bベスト16』としてCD化。このほか、ブルー・コメッツや奥村チヨのカヴァー集なども複数がCD化されている。このように、グループ・サウンズやポップス系女性歌手のテープ独自音源の復刻はある程度進んでいるのに対し、演歌系などはまったく顧みられていないのではないか。ということで、ようやくクール・ファイブの話になるのだが、この続きは次回。

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