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2020年4月13日 (月)

内山田洋とクール・ファイブのレコード(7)~シングル「愛の旅路を/夜毎の誘惑」

大ヒットとなった「逢わずに愛して」に続く、内山田洋とクール・ファイブ4枚目のシングルは、「噂の女」ではなく、この曲だった。

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●  シングル04

A) 愛の旅路を
山口あかり 作詞/藤本卓也 作曲/森岡賢一郎 編曲

B) 夜毎の誘惑
山口あかり 作詞/城 美好 作曲/森岡賢一郎 編曲

RCA JRT-1075 1970年4月5日発売

かねてからの話の通り、彩木雅夫の手を離れて初のシングルとなった第4弾「愛の旅路を」では、作曲に藤本卓也が起用された。1990年代には評論家の湯浅学、漫画家の根本敬ら「幻の名盤解放同盟」により再評価され、“夜のワーグナー”の称号も付けられた藤本(本名:柚木公一)は、1940年生まれ。生地について、湯浅は藤本の歌手としての初アルバム『相棒』(1996年)のライナーで「中国の大蓮」(大連―中国語表記では大连―の間違い?)としているが、安田謙一は『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(馬飼野元宏監修、2018年)で北海道としている。

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1958年4月に、この時は本名で、岡田朝光とザ・キャラバンというロカビリー・バンドの歌手としてデビュー。ちなみにザ・キャラバンは1967年になってザ・ヴァン・ドッグスというGSバンドとしてユニオン(テイチク)からデビューするが、そのサード・シングル「雪国の誓い」(1968年2月5日発売)の作曲は新居一芳(=彩木雅夫)だった。藤本がまだ柚木公一を名乗っていた1962年秋には、第5回で紹介したゴールデン・ヴェール=由木まなみが波多マユミ時代に参加していたのと同じオムニバス『カッコイイ10人 ―東京ジャズ喫茶めぐり―』に参加し、クラリネット奏者アッカー・ビルクの「白い渚のブルース」(もとはインスト曲で、ヴォーカル版はドリフターズなど)をカヴァーしているが(編曲のチャーリー石黒ともここで繋がる)、これが初レコーディングだったということだ。その後作家に転じ、1965年にはザ・キャラバンが伴奏を受け持つなどしていた紀本ヨシオに「だから泣かないで」(『相棒』にセルフ・カヴァーを収録)を提供。これは作詞・作曲のみだったが、以降は紀本や他の歌手への提供作品の多くで編曲まで手掛けるようになる。

カルト的な名作・迷作も数多いが、藤本と言えばやはり矢吹健だろう。藤本に弟子入りしてきた矢吹に書いたデビュー曲「あなたのブルース」(1968年6月5日発売)はヒットし、第10回日本レコード大賞で新人賞を獲得。作詞・作曲・編曲ともに藤本によるもので、矢吹の刹那的な歌唱、女声ソプラノのハミングも効果的なアレンジともあいまって、強烈な世界観が表現されていた。

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これは「あなたのブルース」「蒸発のブルース」から山口洋子=筒美京平作品「他人のままで」までを収録した1970年のベスト盤。なお、クール・ファイブは後のカヴァー企画アルバムで、矢吹の歌った藤本作品から「あなたのブルース」「私にだって」を取り上げている。

「愛の旅路を」では藤本は作曲のみで、作詞には山口あかり(本名:山崎裕世、1934年05月26日長野県上田市生まれ、2007年05月10日没)が起用された。山口は平尾昌晃とコンビを組んで、じゅん&ネネ「愛するってこわい」(1968年7月1日発売)、伊東ゆかり「知らなかったの」(1969年2月1日発売)などをヒットさせている。クール・ファイブ人脈関連では、森進一「おんな」(1969年7月25日発売)が山口作詞/城美好(=石黒)作曲/森岡賢一郎編曲というラインナップだったので、彼女の起用にはそこからの流れもあったのかも知れない。山口=藤本コンビの作品は、恐らく「愛の旅路を」が唯一。サビの「♪あなたと あなーたぁーとー」の部分は、「あなたのブルース」を意識している? 編曲は森岡賢一郎で、藤本作詞・作曲、森岡編曲という組み合わせでは過去に早坂紘子「こんな筈では」(1967年)というのがあったとのことだが、残念ながら未聴。

ロマンチックなロッカバラードの「愛の旅路を」では、前川清のヴォーカルと分厚めのバック・コーラスとのコンビネーションも良く、江藤勲と思われるゴリゴリのベースと森岡お得意の美しいストリングスとの対比もまた見事で、オリコンでは第4位を記録。藤本作品では最高のチャート・アクションを示したが、彼の代表作というと「あなたのブルース」や1972年に五木ひろしに続けて提供したソウル~グルーヴ歌謡の傑作「待っている女」「夜汽車の女」(いずれも作詞は山口洋子、編曲は藤本)ばかりが挙がり、「愛の旅路を」はやや忘れられた形だ。まとまりが良い分、歌謡マニアが彼の作品に求める(?)情念というか凄みのようなものが弱いせいだろうか。

カップリングの「夜毎の誘惑」は山口=城=森岡という組み合わせ(つまり前述の森「おんな」と同じ)による佳曲で、「一度だけなら」に近いリズムの、シャッフルするワルツ。城はこれでシングルB面に4作連続で作品を提供したことになる。シングル両面とも、後にアルバム『内山田洋とクール・ファイブ 第2集』に収録される。

このシングルから歌詞カードの末尾に(ディレクター 山田 競)というクレジットが掲載されるようになった。元和田弘とマヒナ・スターズの山田哲也は、この時点では後の競生(きそお)ではなく競(きそう)を名乗っていたことになる。

なお余談だが、1970年になってRCAのカンパニー・スリーヴに登場するアーティストの顔ぶれが入れ替わった。日本ビクター内にRCAレーベルが設立された1968年10月25日以降、邦楽部門から掲載されていたのは、第1回リリース組だったザ・リード、新藤恵美、ザ・ブルーインパルス、和田アキ子の4組である(写真下)。

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クール・ファイブではこの「愛の旅路を」から使用されたはずの新スリーヴでは、その4組の中で和田のみが生き残り、1969年にデビューした内山田洋とクール・ファイブ、森田健作、藤圭子、シング・アウト、北野ルミ(デビュー順)と併せて6組が掲載され、洋楽の方も一部入れ替えが行われた。

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このスリーヴが使われたのは1971年夏ぐらいまでで(クール・ファイブでは7月25日発売の「港の別れ唄」まで)、以降はRCAのロゴのみのデザインとなる。

(文中敬称略、次回に続く)

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