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2019年8月 2日 (金)

ホセ・リベルテーラによる日本の歌謡曲集

ピアニストのオラシオ・サルガン率いるキンテート・レアル。タンゴ界きっての名五重奏団である彼らが1969年の3度目の来日の折、クラウンからの依頼を受け、日本の歌謡曲を独自の解釈で演奏した珍品アルバム『年上の女 ―キンテート・レアル・イン・赤坂―』を当ブログで紹介したのは、2017年8月のことだった。そこでは「60年代後半の日本では、アルゼンチンの楽団に日本の曲を演奏させる企画がほかにもいくつもあり」と書き、他の例も簡単に紹介したが、70年代以降になるとこの手の企画はほぼ消滅する。今日はその唯一の例外といえそうなホセ・リベルテーラの『タンゴ・ミーツ・ジャパン』を紹介する。

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バンドネオン奏者のホセ・リベルテーラ(1933~2004)は1948年のプロ・デビュー以降、様々な楽団や歌手の伴奏などで活動し、1967年にはキンテート・グローリアのメンバーとして名歌手エドムンド・リベーロと一緒に来日を果たしている(1974年にはカルロス・ガルシーア率いるタンゴ・オール・スターズのメンバーとして再来日)。そして1973年に同じくバンドネオン奏者のルイス・スタソと共同で立ち上げたセステート・マジョールが、名実共に彼の代名詞となった。

現代感覚と大衆性を兼ね備えた、つまり大変洗練されていて同時に親しみやすいタンゴを送り届けてくれたセステート・マジョールは、1973年から80年代半ばまでアルゼンチンEMIに充実した録音の数々を残し、内外のステージでも大活躍を続ける。

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彼らは80年代中盤以降、パリからブロードウェイを経て世界的人気を博したステージ『タンゴ・アルヘンティーノ』の演奏面での中核としてタンゴ・ブームを牽引した。

彼らの存在はなんとロック界からも注目され、ブライアン・フェリーの『Bête Noire』(1987年)にはリベルテーラ、スタソ、ヴァイオリンのマリオ・アブラモビッチの3人で、Tボーン・バーネットの『The Talking Animals』(1988年)には全員+『タンゴ・アルヘンティーノ』参加ミュージシャン5名で、1曲ずつだが参加しているほどだ。後者の参加曲「Image」はバーネットの自作曲だが、なんとアレンジがヴァン・ダイク・パークスで、ヴォーカルにルベン・ブラデスらが参加という異色の顔合わせによるものだった。

ホセ・リベルテーラ楽団は1978年に来日し、2月24日から5月20日まで全国長期公演を行った。これはセステート・マジョールにバンドネオン2台、ヴァイオリン3本を加えオルケスタ・ティピカ編成とし、リベルテーラを単独リーダーとしたもので、当時マジョールの第2ヴァイオリンだったマウリシオ・ミセは体調を崩していたため、エドゥアルド・マラグアルネーラが代役を務めた。公演にはセステートのみの演奏パートも含まれていたとのことだ。このメンバーでツアー終盤近くの5月16日、東芝EMI第1スタジオにて行方洋一氏のプロデュースのもと、ダイレクト・カッティング盤『これがタンゴだ!!』(Toshiba LF-95018)も録音された。

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リベルテーラ楽団のステージでは、1977年に大ヒットした石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」もタンゴに意匠換えして演奏されたという。同曲をトップに据えた『タンゴ・ミーツ・ジャパン』はホセ・リベルテーラの個人名義で、来日の翌年にあたる1973年3月20日に東芝EMIからリリースされている。当時レギュラー新譜の価格がおおむね2,500円だったのに対し、2,000円というやや廉価仕様でのリリース。雑誌「中南米音楽」4月号のディスコ・ガイド欄で紹介されているが、1年前の公演で大いに盛り上がったアーティストの新譜としては同誌での扱いは低い。なによりレヴュワーがアルバムのライナー執筆者でもある蟹江丈夫氏で、お荷物扱いの感は否めなかった。

私も、資料として盤を持ってはいたものの、普段聴くことはなく、ずっと棚にしまわれていたままだった。それを今回紹介することにしたのは、数ヶ月前フランス人の某バンドネオン奏者に「聴いてみたい」と頼まれてデジタル化したのがきっかけだった。改めて聴いてみたら、なかなか工夫が凝らされていて実に面白く、ついでに取り上げられた楽曲の元歌もちゃんと聴いてみたら(もともと持っていたのは西田佐知子の「女の意地」だけだった)、意外な方向へ展開することになってしまった(それについては後述)というわけだ。まずは曲目を紹介しよう。キンテート・レアルの回に倣い、各曲の作詞・作曲者(と今回は編曲者も)、オリジナル歌手、シングルの発売年月日を加え、以下にまとめてみた。

『タンゴ・ミーツ・ジャパン』(EMI Odeon EOS-60029)
(演奏)ホセ・リベルテーラ 1979年3月20日発売

A面

1. 津軽海峡・冬景色
作詞:阿久 悠/作曲・編曲:三木たかし
歌:石川さゆり(1977・1・1)

2. 昔の名前で出ています
作詞:星野哲郎/作曲:叶 弦大/編曲:斉藤恒夫
歌:小林 旭(1975・1・25)

3. コモエスタ赤坂
作詞:西山隆史/作曲:浅野和典/編曲:秋葉 洋
歌:ロス・インディオス(1968・5・1)

4. そんな夕子にほれました
作詞:海老名香葉子/作曲:山路進一/編曲:竜崎孝路
歌:増位山太志郎(1974・8・10)
※マキシム・レコードからのオリジナル
1977年に編曲:かみたかしで再録音し、ユニオン(テイチク)から再リリース

5. そして、神戸
作詞:千家和也/作曲:浜 圭介/編曲:森岡賢一郎
歌:内山田洋とクール・ファイブ(1972・11・15)

6. 乾杯
作曲:ホセ・リベルテーラ

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B面

1. 北の宿から
作詞:阿久 悠/作曲:小林亜星/編曲:竹村次郎
歌:都はるみ(1975・12・1)

2. 女の意地
作詞・作曲:鈴木道明/編曲:川上義彦
歌:西田佐知子(1965・11)
※「赤坂の夜は更けて」B面。1970年12月1日にA面曲として再リリース

3. 知りすぎたのね
作詞・作曲:なかにし礼
歌:ロミ山田(1967・9・15)編曲:渡辺たかし
歌:ロス・インディオス(1968・8・20)編曲:早川博二

4. おゆき
作詞:関根浩子/作曲:弦 哲也/編曲:丸山雅仁
歌:内藤国雄(1976・5・1)

5. わたし祈ってます
作詞・作曲:五十嵐悟/編曲:竜崎孝路
歌:敏いとうとハッピー&ブルー(1974・7・25)

6. 出船
作詞:勝田香月/作曲:杉山長谷夫

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A面・B面共、最後の曲だけは現代の歌謡曲ではないという構成もキンテート・レアルの『年上の女』と同様で、キンテート・レアルの盤ではそれぞれ「ラ・クンパルシータ」「エル・チョクロ」というタンゴの有名曲が置かれていたが、リベルテーラの方はA面6曲目が日本のファンに捧げた彼自身のオリジナル(曲調も歌謡曲を意識した感じ)、そしてB面6曲目の「出船」は1922年(大正11年)に発表され、1928年(昭和3年)に藤原義江が歌ってヒットさせた曲で、これを現代風にアレンジしている。この曲はフルビオ・サラマンカ楽団『城ヶ島の雨 アルゼンチン・タンゴ・イン・ジャパン』(1966年2月発売)、フロリンド・サッソーネ楽団『“ダイナミック”サッソーネ 日本の名曲集』(1966年12月発売)という、アルゼンチンのタンゴ楽団が日本の曲を取り上げたものとしては比較的初期にあたる2枚で、かつて取り上げられていたことがあった(未聴だが、ロス・セニョーレス・デル・タンゴ『ロス・セニョーレス・デル・タンゴ・イン・ジャパン』[Union UPS-28] にも収録されている)。

そもそもこの手の、日本の曲をタンゴ楽団が演奏するという企画がいつ始まったのか、ちょっと辿ってみた。まず、1959年7月に単身来日し、日本に於けるタンゴの普及に貢献したチェロ奏者、リカルド・フランシアが同年末に発表した10インチ盤『世界のタンゴ』(Polydor LPP-1032)。これは、フランシアが日本人の楽団(その実体は、小沢泰とオルケスタ・ティピカ・コリエンテスのメンバーが中心とのこと)を率いて録音したもので、冒頭の「エル・チョクロ」以外はメキシコの「ある恋の物語」、イタリアの「オー・ソレ・ミオ」、ロシアの「黒い瞳」、ドイツの「カペシータ」、フランスの「愛の賛歌」といった、ヨーロッパのタンゴを含む各国のよく知られたメロディーの曲を、本格的なタンゴにアレンジしてみせるというものだった。この最後に日本のメロディーとして収められていたのが「出船」だった。

では、日本のタンゴ楽団はどうだったか? 更に遡ると、戦前から戦中・戦後にかけて活躍した日本に於けるタンゴの草分け、桜井潔とその楽団(サクライ・イ・ス・オルケスタ)まで辿り着いてしまった。西村秀人氏の企画監修によるCD8枚組(+1)『タンゴ・エン・ハポン 1940-1964』(Victor VICG-60178~85)に蟹江丈夫氏が書かれた解説から引用してみよう。

桜井潔がサクライ・イ・ス・オルケスタを結成して映画館のアトラクションに出演した時、聴衆の反応は今一つであった。桜井は「まだ大衆にアルゼンチンの、またヨーロッパの曲をそのまま演奏してぶつけるのは早いな」と思い、日本のメロディーを軽快に演奏して先ず聴衆にぶつけてみようと思い立った。

これはだいたい1937年頃の話だが、この時最初にアレンジした3曲が、「宵待草」「出船」「荒城の月」だった。「出船」は残念ながらレコーディングはされなかったのだが。

話を戻して、キンテート・レアルの『年上の女』は、いささか強引なアレンジのピンキーとキラーズ「恋の季節」まで、ほとんどが1968年1年間のヒット曲で占められていたが、リベルテーラの『タンゴ・ミーツ・ジャパン』の方は、もう少し幅広い時代の作品から、より演歌寄りの作品にしぼって選曲されていて、タンゴとの相性の良さも感じられる。サルガンが築き上げた独自のスタイルは強固なものであり、そこにどんな曲を当てはめても一応それらしく聴こえるという利点はあっただろうが、『年上の女』の録音に際しては、ハードな全国ツアーの合間に、体調も優れない中で短期間で編曲から録音までをこなさなければならなかったわけで、さすがにやっつけ感も出ている。それに対して『タンゴ・ミーツ・ジャパン』は、企画から選曲、編曲から録音までのスケジュールがどのようなものだったかは定かではないが、時間を掛けて丁寧にアレンジされた感じはアルバム全体から伝わってくる。

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残念なのは、曲目表記や解説に誤表記が目立つこと。「津軽海峡・冬景色」の「・」がなく「津軽海峡冬景色」となっていたのは仕方ないとして、「そして、神戸」の「、」もなかったし、「わたし祈ってます」が「私祈ってます」ではニュアンスも違ってしまう。「そんな夕子にほれました」が「惚れました」になっていたのも同様だが、なにより歌手名が「増位山志太郎」では失礼だ(正しくは「太志郎」)。各曲にはスペイン語タイトルも付けられているが、「津軽海峡冬景色」"Estampa de invierno"のinviernoがinvrrno、「昔の名前で出ています」"Me presento nombre de ayer"のnombreがmombreと、スペルミスも多い。「北の宿から」が"Desde cuna del norte"となっているが、"Desde hostal del norte"とすべきではなかったか。

『タンゴ・ミーツ・ジャパン』には『年上の女』と共通するレパートリーが1曲だけある。なかにし礼が作詞だけでなく作曲も手掛けた「知りすぎたのね」がそれで、以前書いたように当初ロミ・山田が歌い、オリコンで33位まで上がったが、翌1968年にはロス・インディオスがカヴァーし、4位の大ヒットとなっている。ヴォーカルの棚橋静雄、アルパやギター、チャランゴをこなすチコ・本間を中心に1962年に結成され、ラテン音楽をレパートリーにしていたロス・インディオスは、これに先駆けてリリースした「コモエスタ赤坂」(これもここで取り上げられている。オリコンで75位)でラテン系ムード・コーラス歌謡グループとしての新しいキャリアをスタートさせたところだった。女言葉を男性コーラスで歌うというスタイルが、確かにこの曲に関してはマッチしている。そしてこの曲にはバンドネオンも使われていた。

ロス・インディオスの2曲や、敏いとうとハッピー&ブルーの「わたし祈ってます」(原曲は1970年にリリースされた松平直樹とブルー・ロマンの「幸せになってね」だと、その後知った。松平は元マヒナ・スターズ)を聴いて、がぜんムード・コーラスに興味が沸いてきたのだが、止めを刺された感じとなったのが、「そして、神戸」を歌う内山田洋とクール・ファイブである。

クール・ファイブに関しては、かなり以前から一度はちゃんと聴きたいと思っていたのだが、折り良く4月に関内のディスク・ユニオンのセールで、『内山田洋とクール・ファイブ・ゴールデン・ヒット・デラックス16』(似たようなベスト盤が多数あるが、これは1976年11月発売のもので、フィーチャーされた当時の最新曲は「女の河」)を140円でゲットして、衝撃を受けてしまった。

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「そして、神戸」に於ける、千家和也(今年の6月13日に惜しくも逝去)の不条理極まりない歌詞と、それを歌う前川清の圧倒的なヴォーカルが象徴的だが、それだけではない楽曲や表現の多彩さ。リード・ヴォーカルとバック・コーラスの絶妙な関係。これも後で知ることになるのだが、各メンバーはそれぞれ卓越したミュージシャンでありながら、スタジオ録音ではほとんどコーラスに専念するのみで、その表現場所はステージであったということ(各メンバーの作品のみで構成されたアルバムも2枚ある)。その世界を知るには、当然ベスト盤1枚で満足できるものではなく、レコード探索の旅が始まった。

さすがは人気グループ、出ているシングルやアルバムの数も多いが、一部を除いて入手は容易かつ安価なので、前川清在籍時のクール・ファイブに限れば、3か月半で大半の音源は揃えることができた(ほとんど全てアナログ、今のところCDはBOXを1セットのみ)。というわけで、それらの詳しい紹介を、次回以降続けていければと考えている。

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