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2019年2月16日 (土)

オルリンズ? オーリアンズ? オーリンズ! 幻のセカンド・アルバム

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ギタリストのジョン・ホールを中心に、1972年2月にニューヨーク州ウッドストックで結成されたオーリンズ(Orleans)。1973年の秋ごろにabcレコーズからリリースされたマッスル・ショールズ録音のファースト・アルバム『Orleans』(abc ABCX-795)は、日本でも東芝EMIからリリースされたが、タイトルおよびアーティスト表記は『オルリンズ』だった(Probe IPP-80912)。
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※画像はネットから

今回これからご紹介する幻のセカンド・アルバムに関するごたごたを経て、アサイラムと契約したオーリンズは、1974年9月から10月にかけてロサンゼルスでニュー・アルバムを録音し、1975年3月に『Let There Be Music』(Asylum 7E-1029)としてリリース。4月にシングル・カットされたタイトル曲は初ヒットとなり、5月にビルボードで55位。そして7月にカットされた「Dance With Me」は10月に6位となり、彼らの代表曲となった。ワーナー・パイオニアからの国内盤『歌こそすべて』は7月25日発売だが、アーティスト表記は「オーリアンズ」とされ、これが日本では定着してしまった。
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当時の担当者は、なぜこのような表記を採用したのか。このバンド名は当然、音楽の聖地ニューオーリンズおよび当地の音楽家たちに由来しているのだろうから、やはり「オーリンズ」とか「オーリーンズ」とするのが自然なはず。「オーリアンズ」なんて、聖地へのリスペクトを表明した彼らをバカにしていないだろうか? 実はこの表記への疑問については、セカンド・アルバムの紹介に絡めて2016年5月にFacebookで2つのグループに投稿したことがあり、さまざまなコメントも頂戴した。デイヴィッド・クロズビーのファースト・ソロ・アルバム『If I Could Only Remember My Name』に収録されていた「Orleans」(邦題は「オルレアン」で、地名や建物名を並べてフランス語で歌われる)を参考にしたのではないかという説がある、とか。ジョン・ホール脱退後のInfinityからのアルバムを国内でリリースしたビクターでは「オーリンズ」の表記をちゃんと採用していたことも教えていただいた。

今回彼らのセカンド・アルバムを改めて紹介することにしたのは、オランダ盤『Orleans II』を入手できたからなのだが、順を追って説明しよう。バリー・ベケットとロジャー・ホーキンズのプロデュースによる『Orleans』完成後、彼らは本拠地ウッドストックのベアズヴィル・サウンド・スタジオでセルフ・プロデュースによるセカンド・アルバムを制作。これは1974年2月頃に『Let There Be Music』という、後のアサイラム盤とまったく同じタイトル、ABCD-814の番号でリリースされる予定だったが、ヒット性がない(シングルになる曲がない)という理由で発売中止。「Dance With Me」と「Let There Be Music」(後のアサイラム盤とは当然録音は違う)が含まれているにもかかわらずだ。当時「ミュージック・ライフ」の輸入盤紹介のコーナーにジャケ写付きで紹介されていたのを見た記憶が確かにあるから、本当に直前でのキャンセルだったのではないか。ネットで調べた感じでは、プロモ盤の存在はまったく確認できていないが。

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※画像はネットから

こうしてお蔵入りしたはずのセカンド・アルバムは、なぜか日本でのみ『オルリンズ・セカンド』(Probe IPP-81048)として1974年8月20日にリリースされた。本国での当初の予定が2月だったことを考えると、8月までは間が空いているが、本国での発売中止の話はどの程度伝わっていたのだろうか。雑誌「ニューミュージック・マガジン」74年9月号「今月のレコード」では中村とうよう氏が87点を付け、「楽しい音楽だが、無責任に楽しんでるんでなく、しっかりした音楽性に裏づけられている」と評している。ちなみにとうようさんはここで「オーリンズ」と表記している。後述の『Before The Dance』で先に聴いていた私は1996年1月になって、この東芝盤を西新宿のシカゴという中古レコード店で手に入れた。
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このアルバムは当時日本とヨーロッパ(オランダ)のみでリリースされた、と言われてきた。実は昨日、そのオランダ盤『Orleans II』(abc 5C062.96627)を入手できたので、こうして記事を書いているのだが、調べていくと新たな事実がいくつか見えてきた。まず、このオランダ盤は日本盤と違い、本国オリジナル盤に使われるはずだったアートワークが採用されず、タイトルも異なっている。アートワークに関する部分以外のクレジットはきちんと載っているが、ジャケットのアートワークも裏ジャケの写真も、ファースト・アルバムから流用されている。現物を手に入れるまで、単にアートワークが届かなかったのかと考えていたが、そうではなかったようだ。
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オランダ盤のクレジットの一番下には、誤って(c)1973と表記されている。そして、1974年とされてきたリリース年は(Discogsなどでもそうなっている)、レコード番号から判断する限り、実際には1975年で間違いないはず。近い番号のものでは、スティーリー・ダンの『Katy Lied(嘘つきケイティ)』が1975年4月米国発売でオランダ盤が5C062-96277、フォー・トップスの『Night Lights harmony』が6月米国発売でオランダ盤が5C062-96635なので、おおよそその間のリリースということになる。どういうことかというと、リリース元のオランダのEMI-Bovemaは、オーリンズが本国でアサイラムから新譜をリリースし、ヒットの兆しをみせていることを知って、急いでこれをリリースしたと考えるのが自然だからである。だからもう『Let There Be Music』のタイトルは使えなかったわけで、アートワークも差し替えたのだろう。
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左が『Orleans』見開き内側左、右が『Orleans II』裏

国内盤『オルリンズ・セカンド』の音質に特に問題は感じていなかったが、オランダ盤『Orleans II』を聴いてみたら、こちらの方がベールが剥れたようなクリアな音で見通しがよく、よりオリジナル・マスターに近いように感じられた。そして驚いたことに、B面最後に収められた長尺の「The Breakdown」の演奏が終わった後、誰かがオフマイクで「グアンタナメラ」のようなメロディを低音でふざけて歌い、他のメンバーがパラパラと拍手する様子が流れてきたが、この部分は国内盤にはなかった。以後の再発ではどうなっているのだろう。

本国のabcでは、アサイラムでのブレイク後の1977年になって、ファーストとカップリングした2枚組『Before The Dance』(abc AA-1058/2)としてリリース(Discogsで1978年となっているのは誤り)、私は初めてこれで聴いた。イギリスやドイツ、カナダなどでは同じタイトルとジャケットながらセカンド単独の1枚ものでリリースされ、私はファーストは持っていたのでそのイギリス盤(ABCL-5224)で買い直した。2枚組仕様の国内盤『ビフォア・ザ・ダンス』(abc YW-8033~4-AB)は、1975年10月にabcの発売権を獲得した日本コロムビアから1978年5月25日に限定盤で発売されたが、表記は「オーリアンズ」だった。
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※画像はネットから

abcは1979年にMCAに吸収合併されて消滅。セカンド・アルバムは1985年12月にMCA(当時の発売元はワーナー・パイオニアだから表記は当然「オーリアンズ」)から『ダンス・ウイズ・ミー』のタイトルで復刻されたが、タイトル・ロゴはそのままながら原題も『Dance With Me』に改められ、ゲートフォールド(見開き)ではないシングル・ジャケになってしまっていたから、オリジナルに忠実とは言い切れない。もちろん再発は大歓迎だが、帯に「世界初のオリジナル・ジャケットで衝撃のリリース!!」とあるのはどうなんだろう。そして、盤面に(p)1975 MCA Records, Inc.とあるところを見ても、オランダ盤を初発売盤扱いにして、東芝盤をなきものにしようとしている意図が感じられる。1989年11月の初CD化以降も含め、『Dance With Me』の形でリリースされているのは日本だけである。
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※画像はネットから

アサイラムで仕切り直し後の『歌こそすべて』以降も悪くなかったが、わざわざイーグルズのマネをしなくても、という部分もあるし、西海岸のバンドという印象を持たれてしまう結果にもなった。泥臭さを残したabc時代が私は好きだが、ロサンゼルスが拠点のabcが東海岸時代のオーリンズを売り損なったのは、その地域性の違いに拠るところも大きかったのかも知れない。同じabcで東海岸出身のスティーリー・ダンが成功したのは、デビュー前にプロデューサーのゲーリー・カッツともども拠点をLAに移したのも一因だろう。

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